黒いタートルネックと読書会

大学生の頃、空前のテニスブームを
受けて、佃煮ができるほど、テニス
サークルがありました。

みんなお揃いのスタジャンにトレーナー。
そこにはサークル名が書かれているのが
常でした。

女の子たちの大半はほかの大学の子。
まぶしくて、かわいくて、サークルに
入りたいと幾度か心がゆれましたが、
ぐっと我慢。

私は、他大学の女子ともっぱら
文学サークルを作って暮らしていました。

ここに集まる女性は、ちょっと
違います。
まず、運動をしません。
ファッションも全く流行を追わない。
その代わりに、黒のタートルネックを
着ていて、フランソワーズ・サガンに
憧れているんだな・・・ということは
わかります。それをいうと怒られたけど。

全体的にアンニュイで、タバコやお酒も
あり。学校のほか、アテネフランセや
日仏学院に通っている「バルバラ好き」
みたいな「おフレンチ」な匂いがぷんぷん
しました。

こういう学生と一緒に太宰治を読む。

正直、てんで敵わないのです。

「太田静子の家に行ったとき、静子は
同じ部屋に布団を敷いたのに、わざと
部屋の端と端に敷いたのよね。それ、
作戦じゃない？」

・・・誰がそんなのみたんだ？？？

と思うとちゃんと太田静子が書き残している。

「そのときに書いた「斜陽」の中の描写が
ここです」

と指摘されて読むと、なんとも含羞を含む
文章にできあがっている。

ネットのない時代、一体どうやって彼女たちは
エピソードをかき集めてくるのだろうと不思議
で仕方ありませんでした。

ただひたすら読んでいた。

私はそれを聞くしかなったのですが、
実に楽しい体験でした。

「Sさんは、フランス文学が好きなの？」

と聞くと、

「私こう見えて、土の匂いのする方が
好きなのよぉ。ガルシア・ロルカを
よく読んでる」

「・・・ガルシア・ロルカ・・知らない」
（心の声）

なんて話で飲んでいる。

彼女たちの多くは、作家か出版社に入って
本を作りたいという意欲がありましたが、
雇用機会均等法以前の日本での女性就活は
笑っちゃうほど壊滅的。
仲間から小説家になった話も聞きません
でした。

聞くのは、その後の結婚の話ばかり。

「え？彼女結婚したの？誰と？」

と思わず尋ねると、大抵は名をよく知る
大手のサラリーマン。
太宰にとっての太田静子や山崎富栄では
いられない感じです。

でも、幸せになってほしいな。

私が５０代の半ばから本を書き出し、
無謀にも文学に関する講演をしているのは
若き頃にあった文学少女たちへのエール
でもあります。

時代はかわりネットでなんでも検索
できる。
彼女たちが語っていた文学論を
裏付けようとすると、その８０％は
実際にあったことらしく、当時の彼女
たちの読書量に驚かされます。

「あぁ、あの人たちがどこかで聞いている
かもしれない」

と思うと、講演者としては手を抜くことは
できません。

私は彼女たちが大好きです。
少し高飛車で、アンニュイで、それでいて
陽気な面もある文学少女。

とびきり文章がうまくて、本をよく読んで
いて、ぼろっと語る一言が、太宰的名句で
ありたいと心がけ、言葉を磨いていた
彼女たち。

またどこかで読書会を開催したい。
黒いタートルネックの女性が現れることを
期待しています。

秋は、恋と読書の季節です。

・・・

＜ひきたよしあきプロフィール＞
株式会社　博報堂スピーチライターとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。
現在（財）博報財団にコラム「こどものコトダマ」、博報堂マーケティングエグゼクティブに「経営のコトダマ」、朝日小学生新聞「大勢の中のあなたへ４」、日経BP「カンパネラ」に「生きる力の強い女性」を執筆中。
著者に「あなたは言葉でできている」（実業之日本社）、「ゆっくり前へ　ことばの玩具箱」（京都書房）」、「大勢の中のあなたへ」（朝日学生新聞社）、「机の上に貼る一行」（朝日学生新聞社）、「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」（かんき出版）、「大勢の中のあなたへ２」（朝日学生新聞社）、「ひきたよしあきの親塾」（朝日学生新聞社）がある。
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