vol.11 その土地の最初の味
開高健さんは、世界を旅して歩いた作家でした。
新しい町に着くと、まず水を口に含む。
舌がザラザラする。ねっとりまとわりつく。
鼻に抜ける臭みがある。雑味が歯に沁みる。
その水の感覚で、その町の事情をはかったそうです。
どこに言ってもペットボトルの普及した今では
その地域の水を飲む機会は少なくなりました。
その代わり、私はその土地のものを食べたときの
感触を大切にしています。
新鮮な魚なのに、醤油がからっきし
合わないところがある。
味が濃くて、甘くて、色味が単調で
長い時間過ごせない土地もある。
よい経験も悪い経験も様々にした中で、
先日、訪れた佐賀で最初に食べた「おはぎ」の
味は、今なお舌に感触が残っています。
佐賀を訪れる前、私は母校早稲田大学の
学祖 大隈重信の幼少期について
Facebookにコラムを書いていました。
大隈重信は、子どもの頃から歳上と
つきあうことを信条としていました。
自分よりも強くて、賢いものとつきあい、
知識と度胸をつけていく。
それを重信の母親が応援していたという
話です。
父が他界し、母一人で育てられた重信。
母は、彼が家に歳上の友人を連れてくる度に、
「おはぎ」や「ぼた餅」をふるまったというのです。
当時にしては贅沢なことです。
しかし母は、息子のために「おはぎ」を作り
続けた。
その結果、大隈邸に先輩諸氏が集まり、
雄弁家 大隈重信の礎を作ったのです。
さて、佐賀の話に戻ります。
飛行機が1時間遅れたために、随分と
腹を空かせていた私が迎えの車に乗ったとたん、
ラップに包まれた「おはぎ」がでてきたのです。
私を講演に呼んでくれたスタッフのお母様が
わざわざ作ってくれたものでした。
これが、佐賀の「最初の味」になったのです。
人の手が作ってくれた「おはぎ」には、
たっぷりと分泌された愛情が含まれています。
あんこものなのに、まるでやわらかな雪を
食べているかのように、淡く、優しく、
滋味を体中に行き渡らせていく。
「おはぎ」が胃に落ちた時、私は、
大隈重信の母を知り、この地にその母が
まだ生きているような心持ちになったのでした。
悲しいことに、その後の佐賀は大雨に見舞われて
しまいました。
帰京してニュース映像を見ると、どこまでも続いて
いた稲穂の大地が水に覆われ、昨日まで歩いていた
道路に冠水表示がありました。
その映像を静かに眺めつつ、体に残る
「おはぎ」の味わいを思い出していました。
この愛情深き味がある限り、佐賀は必ず
立ち直る。
そう確信しながら、窓外に広がる空を眺め、
「晴れよ!」と祈りました。
・・・
<ひきたよしあきプロフィール>
株式会社 博報堂スピーチライターとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。
現在(財)博報財団にコラム「こどものコトダマ」、博報堂マーケティングエグゼクティブに「経営のコトダマ」、朝日小学生新聞「大勢の中のあなたへ4」、日経BP「カンパネラ」に「生きる力の強い女性」を執筆中。
著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)、「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)、「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社)、「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」(かんき出版)、「大勢の中のあなたへ2」(朝日学生新聞社)、「ひきたよしあきの親塾」(朝日学生新聞社)がある。
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