vol.4 文学の季節がやってきた

「太宰治は、若い頃にかかるハシカのようなものだ」

と、熱心に太宰を読んでいた１０代の頃に
よく言われました。

「太宰など、若くて甘っちょろい頃しか読むに値しない。
大人になれば、バカバカしくなる」

そういう思いが裏に込められていました。

ところが、５０代も後半になるのに、ちっとも
甘っちょろいと思えません。
むしろ、どんどん好きになる。
こっちも十二分に甘っちょろく生きてきたもので、
未だに「ヴィヨンの妻」や「走れメロス」を
読んで、感心しているのです。

そればかりではありません。
小学校４年生で習う「ごんぎつね」。
新美南吉のこの名作が、本当に面白いと
思ったのは４０を過ぎた頃からです。

小さい頃は、撃たれたごんがかわいそう
という気持ちくらいしか湧かなかった。
しかし、今は、撃った兵十と撃たれたごんが、
死の間際にやっとわかりあうシーンに
涙がでる。

「そうなんだよな。本当にわかりあえる時は、
もう二度と会えなくなったときなんだよな」

などと独りごちしているのです。

こういう話をしていると、

「ひきたさん、文学を語ってくださいよ」

という人が現れる。
いい気になって、芥川龍之介について
語ったりすると、私と同じ世代に大ウケ
したりするのです。

「いやぁ、この歳になって、やっと
芥川が面白いと思った」

そうなんですよ。文学が面白くなるのは
これからなのです。

芥川龍之介のお母さんが、発狂死した。
その後、母の実姉がお母さん代わりに
育てるのだけれど、イケメンの芥川に
溺愛します。
結婚に反対し、芥川が結婚後も、
新婚家庭に実姉がいる。

こうした環境がいかなる「地獄」を
生み出すか。
子どもの頃は全く想像できません。

若くして母を亡くした夏目漱石。
その家の三男坊の嫁がくる。
嫁は、漱石と同い歳。
漱石は、その嫁が兄のためにつくる
ノリ巻き弁当が羨ましくてしょうがない。

こういう人間関係を知った上で、
「行人」にでてくる有名なシーンを読む。
天候不良で、兄嫁と一夜を明かすことに
なる、ドキドキ感。
なんで、このシーンだけ渡辺淳一も真っ青な
ほどの色香が漂うのかといえば、
こんな実生活があったから。

こうして作家の人生と自分の人生と
作品を重ね合わせて読んでいくと、
文学作品は、どんどん面白くなるのです。

若い頃に読書経験がなくても、
私たちは様々な恋愛をし、失恋をし、
挫折を味わい、嫉妬に狂い、天を恨んで
青空に拳をつきあげた経験がある。
ドロドロで未消化で不完全な人生を
歩んできたからこそ、漱石や芥川や、
カフカやチェーホフの苦悩がわかるのです。

騙されたと思って、「杜子春」でも
「走れメロス」でもいいので読んでみて
ください。
学校教育から離れてみると、文学って
面白いと思うはず。

学校の勉強なんかをはるかに乗りこえる
ほど、自分の体験が文学の理解に役立つ
ことに驚くはず。

よかったら一緒に読書会をはじめませんか。

・・・

＜ひきたよしあきプロフィール＞
株式会社　博報堂スピーチライターとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。
現在（財）博報財団にコラム「こどものコトダマ」、博報堂マーケティングエグゼクティブに「経営のコトダマ」、朝日小学生新聞「大勢の中のあなたへ４」、日経BP「カンパネラ」に「生きる力の強い女性」を執筆中。
著者に「あなたは言葉でできている」（実業之日本社）、「ゆっくり前へ　ことばの玩具箱」（京都書房）」、「大勢の中のあなたへ」（朝日学生新聞社）、「机の上に貼る一行」（朝日学生新聞社）、「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」（かんき出版）、「大勢の中のあなたへ２」（朝日学生新聞社）、「ひきたよしあきの親塾」（朝日学生新聞社）がある。
４月に「５日間で言葉が「思いつかない」「まとまらない」「伝わらない」がなくなる本」（大和出版）、「博報堂スピーチライターが教える口下手のままでも伝わるプロの話し方 （かんき出版）が同時刊行。

絶賛販売中！
『５日間で言葉が「思いつかない」「まとまらない」「伝わらない」がなくなる本』（大和出版）
https://www.amazon.co.jp/dp/4804718516/

『博報堂スピーチライターが教える 口下手のままでも伝わるプロの話し方』（かんき出版）
https://www.amazon.co.jp/dp/4761274123/