旅で磨かれていく自分
旅芸人のようにあちこちで講義や講演を
しています。
鹿児島県阿久根市にはじまり、高松市、
新潟市、名古屋市、京都市、大阪市、仙台市、
瀬戸市、豊田市、静岡市、日進市、
佐賀市、会津若松市、潮来市、広島市。
毎月のように通う地域もありますから、
一週間東京にいる時期が数えるほど
しかありません。
私の場合は、語る相手が、小学校の
低学年から、大学、企業、行政と
幅広く、内容も「言葉」や「文学」
から「マーケティング」や「祈りの哲学」
まで種々雑多。
芥川龍之介についての講演準備を進めながら、
新指導要領による授業の変化、
「介護におけるホスピタリティ」、
さらには「戒名(法名)の今後」やら
「大谷翔平の強さの秘密」なんてネタまでを
揃えていく。
その道のプロの前でお話しすることも
多いので、半端でない勉強を強いられます。
「こういうことを話して頂きたいのですが」
と言われてから、ネットで買える本を
20冊、30冊と取り寄せて、大体の
流れを掴む。
読みやすいものを精読して、暗記できる
ものは暗記する。
ネットでこぼれ話や人の意見などを
チェックして、自分なりの説を
組み立てます。
学生の頃から得意だった一夜漬け。
衰えつつはあるけれど、速読と暗記力を
駆使してなんとか間に合わせる。
それでもよい評価ばかりでなく、
「あんなの誰もが言っている」
「この程度だったのか」
と言われることも多々あります。
傷つきはするけれど、しかし元はと
いえばこちらの勉強不足。
さらなるネタを仕入れて、全国を
回っています。
勉強はきつくなるばかりです。
しかし、人間、努力をしていれば
何か報われるものはあります。
夜中にパワーポイントをまとめる
とき、聴いてくれる人の顔を
思い浮かべます。
昔は、東京で、自分で知っている
範囲の人しか目の前に現れませんでした。
杉並区か世田谷区か、せいぜい離れても
横浜や千葉、埼玉あたりにお住まいの方。
しかも、生活の幅は私とあまり変わりが
ありませんでした。
私の思い描く「生活者」は、私の守備範囲を
超えることがなかったのです。
ところが今は、漆職人のご夫婦から
地方のホテルに勤務しながら御朱印
を探して日本中を歩いている若い女性。
離婚問題を抱えたご婦人から、
引きこもりの女の子、議員秘書に、
出張鍼灸師、あちらこちらの中小企業
の社長、学童保育の先生など、
日本中の様々な顔が浮かんできます。
頭の中にたくさんの読者、オーディエンス
を抱えると、自然に思考の幅は広がります。
選ぶ言葉も変わります。
男は、どれだけ広くて深い人材を心に
抱え込むことができるかで変化する。
ぬくぬくとした自分の世界から一歩でた
ときに男の変わりドキ!がくるのでは
ないでしょうか。
旅が人を洗練させてくれる。
どうやらこれは、松尾芭蕉の昔から
変わらないテーゼのようです。
<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社)「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」(かんき出版)最新刊は「大勢の中のあなたへ2」(朝日学生新聞社)がある。