8のつく歳
「人生の考えどころは、58歳だよ」
仲良くして頂いている大学教授が、
いも焼酎を飲みながらこうつぶやきました。
「私もね、58歳のときに母校の
友人から声がかかったんだよ。
ぜひ、育った大学で教鞭をとりたい。
そう思って願いでたんだが、ダメだった。
審査に通らなかった。
理由は、年齢さ」
教授は、豆アジを食べながら
話続けます。
「58歳では、もう遅い。
しかしね、ひきたくん。
そこからが考えものだ。
もう遅いとなったところで、
どういう人生にしていくかを考えるんだ」
何か新しいことをするには、
もう遅い。
だからこそ、これまで蓄えたもの、
育ててきた人脈、わずかに残された
時間と体力をどこに注ぎ込めばいいかを
考える。
可能性がなくなったところに、
可能性がでてくる。
「もし、大学で教えたいなら、
この1年のうちに論文を書いて
学会で発表する。この秋にでも
発表すれば経歴に書ける。
私の働いている分野で言えば、
そういうことだ。
60歳までの2年なんて考えたら
だめだ。
半年後に何ができているか。
不可能を可能にするのは、
そのがんばりだよ」
思えば、それぞれの年齢で
8のつく歳はいつも辛かった。
18歳は浪人だった。
自分が何者なのかわからぬまま
海に放り投げられたようだった。
28歳は、結婚。
しかし同じ年に父が死に、
嬉しさと悲しさが同時にやってきた。
38歳は、離婚。
ひとりになったとき、
このまま毎日会社に行き、一人で
飯を食う生活を続けるのかと思うと
うんざりした気持ちになった。
48歳は、役職。
役職にはついたものの、自分は
組織人として働く能力がてんでない
ことに気づいた。
会社を辞めたいとばかり思っていた。
どうにも「8」のつく歳に、
可能性の埋蔵量が底をつく。
このままでいいのか。
変わるにはどうすればいいのか。
それに悩み、ジタバタする
考えどころ。
それが8のつく歳のようだ。
「しかしね。ひきたくんは、もう
5冊本を書いたんだろ。
学校で教えた経験値も豊富にある。
それは、本当によくやってると
思うよ。
その実績をもっての不可能なんだ。
何もやっていない人の不可能とは
比較にならない。
でも、動かなければゼロだよ。
変わり続けないと、変われないよ」
まさに人生は、転がる石のごとく。
20代の頃は、定年退職した自分は
人生の「上がり」の時を迎え、
庭の盆栽でもいじっているのだろうと
想像していた。
それがどうだ。
何度も何度も浪人生の気分を味わい、
不可能の中に見え隠れする
小さな希望の光を探している。
「それが人生だよ。私だって、
今でも悩んでいる。
だから、面白いんだ。
もういっぱい、飲もう!」
と角氷を私のグラスに落として
くれた。
男の変わりドキ!は、
8のつく歳に。
58歳の浪人気分こそ、
人生の醍醐味かもしれない。
<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社)「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ(かんき出版)最新刊」がある。