自分の中の悪魔
自分が書いたものが「本」というカタチに
なったのは、2015年でした。
「あなたは言葉でできている」
(実業之日本社)
という本でした。
初めて本を手にしたとき、不思議な
感覚があった。
自分で書いた文章なのに、
他の人が書いたものに感じられるのです。
ふわふわと宙に浮いていた言葉が、
鳥かごに集められた。
そこに採集された言の葉は、
到底、自分が書いたとは思えませんでした。
先日、明け方までかかってラブレターを
書きました。
「ラブレター講座」のお手本をとして
10時から書き始めたのですが、
だんだんと本気になりました。
おおじゃない、こうじゃないと
破り捨てること3度。
明け方になって書いたものを、
あとになって読むと、
これまた自分で書いた文章とは
思えません。
いや、違うな。
自分の潜在意識の戸を開けて、
普段は見せてはいけないと思っている
古い自分、傲慢な自分、弱い自分が
そこにあらわれていました。
処女作もラブレターも、
自分の知らない自分がでる。
それはまるで、レコーディングした
自分の声を聞かせるように不快な
ものでした。
どちらも好きでやっていることです。
命令されたわけではありません。
好きでやっていることだから、
とことん突き詰めていく。
電車に乗っても、風呂に浸かっても、
そのことばかりを考えて暮らす。
何を見ても、
「あ、これ使えるかも!」
「俺には、こういう考えが足りない」
「あぁ、ダメだ。書き直そう」
と書くことばかりになる。
日々こうして考えて、昼も夜も
ごはんも睡眠も見境がなくなった
頃に、私の中の悪魔が囁きます。
「おまえ、あれ、好きだったじゃないか。
書いちゃえよ」
その誘惑に負けると、陶酔がはじまる。
露悪趣味、露出癖にでもなったように
支離滅裂に書きまくる。
この瞬間を、
クリエイティブ・ジャンプ
というのだと思うのです。
スティーブ・ジョブズは自分を
追い込んだ挙句、お経のような言葉を
ブツブツつぶやいていたといいます。
自分の中の自分がでていきて、
それと会話していたのでしょう。
こうした働き方が、いいのかどうかの
判断は人それぞれ違うものでしょう。
私はバブルを経験した人間ですので、
こうしたやり方が性格に合っている。
悪魔な自分に会い、
自分で書いたにも関わらず
自分の知らない声を聞くまでに
なって、初めて仕事は物になると
信じています。
カフカもラディゲも漱石も
ランボーも魯迅もドストエフスキーも
潜在意識の天の岩戸をあけている。
だから、超人的なクリエイティブ・ジャンプが
できたのでしょう。
働き方を変えなければいけない時代です。
しかし、悪魔と出会うまで自分を
追い詰めるという昔ながらやり方が、
男の変わりドキ!
にはどうしても必要に思えるのです。
<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社 最新刊)がある。