3000回めのできごと
出張が続いた挙句、ぎっくり腰になりました。
脳天を熱い鉄棒が突き抜けた!と思ったとたん、
息が吸えなくなった。
足を出そうとしたら激痛が左腰に走りました。
二子玉川駅のカフェでうずくまること
20分。
脂汗と冷や汗が一度に流れ、風景が灰色に
なってゆく。
以前もやったことがあるので、当時何日
動けなかったかを思い出しながら、
手帳を繰っていました。
師走の忙しさを前に、目の前が灰色から
真っ暗になりました。
それでも講義があり、出張も入る。
痛み止めで体をだましていると、今度は
風邪のような症状もでた。
熱がでて、下痢が止まらず、痛いのに
トイレの往復を強いられる。
「神様、いったい私はどんな悪いことを
したのでしょうか」
と呪いたい気持ちでいっぱいになりました。
でも、神様を恨むまえに考えなくては
いけないことがあります。
「ひとつのことが起きるには、3000もの
因果が積み重なる」
というのです。
酒を飲み、体を冷やし、ロンドンまで
背中を丸めて出張した。
毎日、パソコンに向かい、スマホを
眺めながら食事をし、全く運動せずに
美食に溺れていた。
と、こういうことが2999回続いて、
無意識に踏み出した階段で
バランスがくずれた。
これがちょうど3000回めだったの
でしょう。
私は、この3000回の因果説を
信じています。
あれほど惚れて結婚した人と離婚する。
そこに至るまでの要因はひとつやふたつの
わけがありません。
3000、いやもしかしたらもっと
多くの互いが互いの信用をなくす
行為と思考の積み重ねがあって、別れる
という結論に至ったのでしょう。
人を好きになるのも同様です。
「こういう行為は素敵だな」
「こんな笑顔に癒されるな」
「いっしょにいると楽しいなぁ」
と過去2999回の経験を
あちらの女性、こちらの女性とする。
そして今、横にいる彼女のたった一言に、
笑顔に、しぐさに「いいな!」と
思ったときが3000回。
ここで恋に落ちるのです。
あなたの中の2999回の経験が
総動員されて、
「この子はいいぞ!」
と思うのが一目惚れの正体では
ないでしょうか。
成功しても、失敗しても、
一度結果がでたらそこまで。
次に何かを成し遂げるには、
再び3000回の因果が必要です。
神様は誰一人分け隔てなくこの
法則に従って私たちを動かしている。
そう思いながら腰の痛みに耐え、
天井を見つめていると、
この一年の忙しさに反省しきりと
なるのです。
ひとつの結果がでるまでに、
3000回の因果がある。
こんな風に考えて、自制する心が
動くとき、きっと男は変わりドキ!
を迎えているのでしょう。
明日からコツコツと体にいいことを
3000回積んで、健康体を
取り戻そう。
そんなことを考えて、にわかストレッチを
はじめたのでした。
<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社 最新刊)がある。