青い血
太宰治の「斜陽」の生原稿。
紛失している6枚のうちの4枚が出てきました。
几帳面な字。
締め切りはきちんと守る律儀さ。
酒と女に耽溺した無頼派とは思えない
プロの作家の姿がそこにはありました。
「ペンの先に吸い込まれていくようだった」
という太宰の言葉。
新しい本を書き始めたばかりの私に、
この言葉と太宰治のひたむきさが
ズシンと響きました。
今はパソコンで書くことが圧倒的。
しかしノートの上でアイデアを練り、
全体を構成する文体を作るときは
万年筆で書きます。
書くことに行き詰まったり、
自分で自分にマンネリ化したり
するときも、万年筆です。
ペンの先が割れる。
そこからなみなみと青いインクが
流れてくる。
私にはそれが、血に見えるのです。
自分の裡に蓄えられた経験、知識、
生理、潜在意識が混じり合い、
液体になった青い血。
自分の命を削りながら、
原稿用紙に文字を綴る。
そんなイメージが、万年筆には
あります。
今回の執筆にあたり、私は、
血液のように真っ赤なペンを購入しました。
肉体からでる「赤い血」の中に、
精神からでる「青い血」がでてくる。
これが私の
「ペンの先に吸い込まれていくようだった」
にインスパイアされたイメージです。
太宰治は、エバーシャープというアメリカ製の
万年筆を使っていました。
奥様のものを拝借し、自分のものに
してしまいました。
吸入機構が壊れ、インク壺にペンを浸して
書き進む。
私は、今はなきエバーシャープを探しに、
サンフランシスコを歩き、
太宰の生原稿見たさに太宰が生まれた
青森県金木町までいきました。
太宰の文章を何度も何度も書き写し、
縦線の長い文字の癖を、高校生の頃には
随分マネしたものです。
太宰治が、どんなリズムで句読点を
打ち、文の長短をどう並べるか。
そんなことを考えながら万年筆を
動かしていました。
「太宰の青い血よ、のりうつれ!」
と、真剣に考えていた学生時代。
体のどこかに未だこの気持ちが眠っている。
「斜陽」の生原稿発見という新聞記事を
読むと、赤い血も青い血も湧き上がるのです。
この文章は、万年筆で書きました。
これからパソコンで清書して提出しますが、
願わくば、私の「青い血」までが
伝わりますように。
<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社 最新刊)がある。