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『ありがとう』を手放さない

この人の笑顔は素敵だなぁと、あらためて思ったのが、
薫ちゃん。私より一つ上の従兄弟です。

子どもの頃から笑顔成分の多い人でした。
大きなお寺に生まれ育った母親に育てられ、
勤めたところは航空会社。
数年ぶりに会ってみると、その笑顔は筋金入り。
苦しい時も、楽しい時も、
ここ一番は黙る時も、
いわれのない誹りを受けた時も、
きっと笑顔で切り抜けてきたに違いない。
会うたびに話は尽きず、帰る頃には
心に陽だまりができるようでした。

「しかし、得な顔立ちだよなぁ」

と私が言うと、薫ちゃんがこんな話を始めました。

「うちのお母さんって、ずっとお寺で育ったでしょ。
だから、子どもの頃からなにがあっても、
『ありがとう』、『おかげさま』って言うように
教育されてきたのよね。

だからね。今、認知症で施設に入っているけれど、
娘の私が見ても、みんなから愛されてるの。
覚えている言葉数が少なくなればなるほど、

『ありがとう』
『おかげさま』

ってみんなに言うようになっているのよ。
娘の私にも言うんだから。

よっちゃん(私はこう呼ばれてます)、
言葉ってさ、最後に頭の中でどんなものが
残っているかが、大事だよね。
私たちも、『ありがとう』と『おかげさま』が
残るように生きて行きたいね!」

言い終わると、ひまわりのような笑顔です。
もし仏の功徳と言うものが実際にあるとしたら
こう言う笑顔と言葉に集約されるのではないか。
そう思いました。

時は流れ、幾度かの朝日と夕日を見て、
自分の頭と心と体から、言葉がどんどん
抜けていく。

親の名を忘れ、子どもの名を忘れ、
自分の名も忘れた時、私に残る言葉は何だろう。

そう考えた時、施設の中で、
『ありがとう』『おかげさま』を繰り返している
叔母さまの姿が浮かびました。

このシーンは、間違いなく男の変わりドキ!
美しい言葉を手放ないための精進を
決意した瞬間になりました。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社 最新刊)がある。 

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