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他がために祈ること

自らのがんを、Facebookなどで発表したせいか、
私の元にはたくさんの方から、重い病気の告白が届きます。

乳がん、子宮がん、白血病・・・
そんな病にかかる人が、同世代の、あまりに身近な人に
増えている。
とくに今年になってその数が増えました。
病院の相談から、発病の苦しみ、治療の途中経過や
家族のこと、将来のこと。

しかし残念なことに、私は医者でもカウンセラーでもない。
「大丈夫だよ」と簡単に言う人に対してどれほどムカっと
くるかは私自身がよく知っている。だから、かける言葉も
はげます声もないままでいる。あまりに、無力です。

そんな私に何ができるだろうと考えたとき、
私の病気のときFacebookの仲間が作ってくれた千羽鶴を
思い出しました。その鶴の中には私の好きな太宰治の小説を
万年筆で書いて、それを折ったものまでありました。

「祈る」こと。
その祈りをかたちにすること。

私にできるのはこれだなと判じたのです。

「戸隠山にいきませんか」

と誘われたのは3ヶ月も前のこと。
そのときは、自分の本が出版された頃だし、
お礼参りにでも行こう程度の軽い気持ちでした。

しかし期日が近づいたところで、予備校時代からの
友だちが乳がんにかかった。
それを機に、自分のできる限り真剣に祈ってみようと
思ったのでした。

サラリーマンをやりながら、子どもたちに教え、
あちこちにコラムを書いている私には週末はほとんど
ありません。秋まで唯一の休みの7月初旬の休みに
バスで長野県の戸隠山まで行くのに躊躇しなかったか
と言えば嘘になります。

5時に起きて新宿のバス乗り場まで行く時、
「あぁ、眠たい。休みたい。めんどくさい」
と何度も思いました。

しかし4時間近くバスに乗って戸隠山に入ると、
そんな気分は一掃されました。

公明院、火之御子社から神道をひたすら歩く。
神が降臨したという神木に手を合わせ、
神水に触れ、祈りを込めて写経をする。
翌朝は護摩を焚いて火の粉を浴びて、
ほぼ山登りといえる岩場を登って山頂の
奥社に参拝する。

鳥の声を聞き、川のせせらぎを聞き、
石を砕く滝の音を聞き、
火を浴び、水を浴び、風に吹かれ、
悲鳴をあげる筋肉を叩いて山を登る。

そうこうするうちに私は、
「生きている」実感のようなものを
感じられるようになりました。
日常では到底味わえないものです。

自らが「生きている」実感を味わう。
そうした上で、あの人に、あの人に、
あの人に、生きていてほしいと願う。

山を下り、森林を歩き、かけるだけの
汗をかいて、30人ほどで満員になる
宝光社に籠って初めて、嘘いつわりなく、
話を盛ることも、恩着せがましさも、
自己満足もなく、

他がために祈ること。

これができたように思います。

帰りのバスの中で、この話をコラムに
しようと思いました。

何故なら人の一番の「変わりドキ!」は、
他の誰かのために祈ることができるように
なったときだと分かったからです。

みんながまた、笑って暮らせるようになるまで、
私はまたどこかに祈りに行きます。
別に信心深いわけでも、特に宗教をもっている
わけでもない。やるのはこれが、私にできる
唯一のことだからです。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版)「机の前に貼る一行」(朝日学生新聞社)がある。

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