悪魔の声で、柔らかくなる。
腎臓がんの手術のあと、ピラティスをはじめました。
ピラティスのことをずっと「ティラピス」と言っていた私です。
何一つわかってなかったのですが、あかね先生と出会ったのが
医療関係者の集まりでした。尋ねてみると、ピラティスは元々
リハビリを目的として考案されたとのこと。
術後の体の不快を取り除くため、やってみようと決意しました。
男がこの手のものを始めるとき、躊躇することがあります。
女性ばかりだと気恥ずかしい思いになるのです。
先方は意識してないのかもしれません。
が、こちらは目のやり場に困る。
聞いて見ると最近は男性も多いとか。
それに安堵して始めると、ライバル社の方も通っていて、
仲良くご飯を食べるようになりました。
お互い体が硬く、気持も弱く、根性もない。
こういう友だちができると果然面白くなるものです。
ピラティスをはじめてわかったこと。
体には自分の歴史がすべてのしかかっている事実でした。
子どもの頃、交通事故にあって左の鎖骨を折った。
以来、肩掛け鞄は右にばかりかけている。
右に負荷がかかるのか、ぎっくり腰は右に二回。
右の視力が弱い分、左の肩が凝る。
そればかりではありません。日ごろの姿勢やくせ。
睡眠不足や水分量、食べたものの種類によって
体は刻々と姿を変える。
ピラティスは、一本のバーをまっすぐ上げたり
するものですから、左右の差が如実にあらわれる。
いかにバランスが崩れた体で生きてきたことか。
情けないほど実感させられます。
あかね先生は、そのバランス、弱いところ、
手を抜いている箇所をものの見事に指摘します。
「おなか!おなか!おなか!」
と言って人差し指でお腹をツンツンさされる。
常にお腹を凹ませろというのですが、腹筋も
背筋も弱い私は少しポーズを変えるだけで、
ポコンと腹がでる。出た瞬間に先生の声が
とんでくるのです。
私は秘かにあかね先生を「悪魔」だと思い、
「アクマちゃん」と公言するようになりました。
それでもほぼ休むことなく毎週通ううちに
少しずつ体が柔らかくなってきました。
私自身はさほど変化に気づかないのですが、
先生からみると始めたころとは雲泥の差だと
言います。
よく考えると、始めは毎回来るのがいやで、
「ズル休みしたい!」と思っていた気持は
すでになく、ストレッチによっては自ら
やりたいと思うものもでてきました。
最近は、食事指導もはじまり写真で送った
食事に対し「塩分を控えてください」
「色の濃い野菜も食べてください」と
指示が入ります。
人間は、やわらかく生まれてきて、
硬くなって死んでいくと言われてます。
この現実を踏まえれば、アンチエイジングとは
何のことはない。左右のバランスのとれた
柔らかい体をめざすこと。
錆びた体を手入れし続ける。
これが一丁目一番地ではないでしょうか。
アクマちゃんとの戦いは、まだまだ
続きそう。きっとあかね先生の声が、
天使のような褒め言葉に変るまで、
変り続けていくつもりです。
<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著書に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」最新刊「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版)がある。