ほかの季節を好きになること
人は、一番好きな時間、好きな場所に生まれてくる。
こんな言葉を聞いたのは、大学時代に少しつきあった女性からでした。
京都生まれの彼女は、秋の嵐山が好きだという。
嵐山は不思議な山で、青くも緑にも黒くも見える。それが紅葉の季節の
嵐山は錦の織物のようになる。
私はそんな話を聞きながら、自分の生まれた季節の山を思い出して
いました。
西宮の甲子園口駅にほど近い武庫川の川辺から見た六甲山。
神戸で見るほど大きくもなく、いつもぼんやりかすんでいる。
よく見ると甲山という小さな山が見える。
いつもこの風景が浮かぶのは私が生まれた4月22日の父の日記が、
六甲山を眺めながら書いたものだから。
「葉桜の候」とあったので調べてみると花が散ってしまった残念な
状態。それを父にいうと、
「花が散ったんじゃない。若葉が芽吹く頃なんだ」
と教えてくれました。
葉桜、若葉、薄暮、のどやか、小糠雨、山吹、つつじ、花楓。
木々が青やぐ中をそぞろ歩きする気分。
確かに私は、こんな季節とやけになだらかでぼんやりしている
山が好きでこの季節、この場所に生まれてきたようです。
昨年、紅葉の季節に度々京都を訪れる機会に恵まれました。
ひと月のうちに数回訪れたおかげで、紅葉が移り行く様を
味わうことができました。
初紅葉から、うっすら色づく薄紅葉へ。
まだらに見える時間には「斑紅葉(むらこうよう)」という
美しい言葉があることも初めて知りました。
雨に濡れて輝く「照紅葉」。この頃を「錦秋」というと
ガイドブックで読んで、学生時代に女性が語った錦の織物を
思い出したのです。
風に吹かれて散る姿は「風葉」、やがて散紅葉となり、
道を赤く染めて暮秋。
移り行く様の美しさの中にいて、
この季節の京都に好んで生まれてきた人のことを
思うのでした。
昨年の手帳にはこの時期に御金神社(みかねじんじゃ)を
訪れた際、樹齢200年のイチョウの葉がはさんであります。
金運のパワースポットとして有名な場所ですが、黄金色に
染まった神社に入ると不思議な力を感じることができました。
葉は「おさがり」として箱につめられています。
その中で、一番気に入ったものを手帳にはさんだのでした。
秋の京都を歩きながら、ふと感じたことがあります。
人は、自分以外の人が生まれた季節、時間、場所を
好きになったとき、小さいけれど、確かな「変わりドキ」を
迎えるのではないか。
その気持ちは、「愛」なんてバタくさい言葉よりも
もっと自然に、木漏れ日の色合いや灯火のぬくもりや
小春風のやさしさを与えてくれる縁のようなもの。
秋に別れを告げようとしている今、
それがうれしくもあり、はかなくもあり、
遠い記憶の忘れ音になるかのよう。
冬はもうそこです。
<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著書に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」最新刊「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版)がある。