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直筆の手紙

 父が逝って、病室にあった荷物を整理している時、
 数枚のレポート用紙を発見しました。
 マスの大きな方眼用紙に一文字一文字を律儀に
 収めていました。

 遺書ではありませんでした。
 エッセイでした。
 私が生まれた頃の話で、母が兄の手をひき、
 父が私の眠っている乳母車をひいている。
 西宮と芦屋の間を流れる夙川の土手を
 四人で歩いている風景でした。

 4月生まれの私は初夏の風に吹かれて
 眠っている。その描写に続いて、
 よっちゃん、よっちゃん、いい子です。
 さかえも、さかえも、いい子です。

 と私たち兄弟の名前の入った子守り歌が
 続く。

 ページをめくると、そのおだやかな風景が
 一転し、

 「何があってもこの子たちを守る」

 という絶叫のような一文で締められていました。

 シャープペンシルで書かれていました。
 小さな引き出しの中に転がっていたシャープは、
 中学2年のときに私が父にあげたものでいた。
 英語か何かを聞いているとき、父が私のペンを
 握って、「書きやすいな」と言ったのです。
 新しいものが欲しかった私は、父にそのペンを
 譲ったのです。それから20年近くなります。
 父はガタがきているそのペンをセロテープで補修して
 使っていたのです。

 「私は、父のことを何も知らなかった」

 とその時、初めて思いました。
 しかし時はもう、圧倒的に遅く、すべては後の祭りでした。

 実は、私の新刊「大勢の中のあなたへ」の最終章は、
 この父の絶叫にヒントを得たものです。

 「ずっとずっと、何があっても応援するからね!
 さぁ、卒業です。あなたの未来に幸あれ!」

 父が残してくれた直筆の手紙。そこに込められた思いを、
 私なりに今の小学生に残そうと考えました。

 もし父のエッセイが、ワープロで打ったものなら
 私にここまで深い印象は残さなかったでしょう。
 SNSのメッセージやLINEで送られたとしたら、父の
 思いは何一つ伝わらなかったかもしれません。

 よく見ると、文字と文字の間に小さな点がある。
 これは父が字を書くときのクセで一字一字を確かめるように
 ペンをトントンと紙に当てるのです。
 息づかいまで伝わってきました。
 私の文章は、父のこのトントンリズムにも大きな影響を
 受けているのです。

 さて、今回の男の変わりドキです。
 
 いい齢になったら、直筆に戻ろう。

 便利にパソコンやスマホを使うのもいいけれど、
 書きものに、心と魂を込めるにはなんと言っても直筆です。
 下手でも、字を知らなくてもいい。それを含めて、
 あなたの全身全霊です。あなたが紡いだ言霊なのです。

 直筆で書こう。直筆で、愛する人に手紙を残そう。
 その思いが片隅にあるだけで、文章の迫力が違ってくるはず。
 すべての文章は、ラブレターであると同時に、
 あなたの遺書でもあるのですから。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」最新刊「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版)がある。  
 
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