5月10日に腎臓がんの手術を受けました。
早期発見でしたが、できている場所が悪く内視鏡ではとれない。
4時間半に及ぶ開腹手術をして、19日に退院しました。
入院中、そして退院後の今も多くの方から激励の手紙やお守りが
届きます。
お心遣い本当にありがとうございます。
手術当日と翌日以外は、六人部屋に入院。
そこで様々な人間模様を見ることができました。
60代のエネルギッシュな男性が、血を吐いて運ばれて
きました。胃潰瘍です。
「胃潰瘍なんてさぁ。ゼネコンにとっちゃ、職業病みたいな
もんですわ。ちょっと、事務所に返してもらえませんか?」
と看護師に懇願するもあえなく拒否。
すると次から次へと会社の人が病院に訪れ、
「まずは、こっちから支払ってくれ!」
「ダメだよ!田中一人に任せたら!」
と2時間ほど工事現場のように騒がしくなりました。
手術前夜の緊張した時間だったもので、逆に気が紛れて
よかったようにも思います。しかし、はた迷惑な患者であることに
間違いはありませんでした。
手術を終えると、今度はインテリらしい男性が隣のベッドに
入りました。なぜインテリかといえば、夜中に英語の本をブツブツ
言いながら読むのです。ちょっと感情が入りすぎていて気持ち悪い。
さらにこの人、クスリおたくらしく、ネットで買い漁ったクスリを
持ち込んでいたのですが、全部看護師さんに没収されました。
その長い抗議を聞きながら痛みに耐えるのは、ちょっとした
苦痛でした。
少しよくなった頃、関西弁のご老人が入ってきました。
とても明るい人で、看護師さんの名札を見てすぐに名前で
呼びます。
明日が手術だという日もずっと鼻歌を歌っていました。
♪ 思い通りにならない日はぁ〜
明日、がんばろう〜
NHK連続ドラマ「あさが来た」のテーマソングです。
聴くとここばかり歌っています。食事のときも、歯を磨いて
いるときも、トイレに立つときも、時折、
♪ 思い通りにならない日はぁ〜
十日、がんばろう〜
と退院までの予定日に歌詞をかえて、歌うのです。
大きな声で、小さな声で、ささやくように、
ためいきまじりに、関西弁でジョークを飛ばしながら、
この歌詞を繰り返していました。
今、自宅療養をしながら、病院で過ごした日々を思い出して
います。そういえば私も、いつのまにかこの関西のおっちゃん
の真似をして、
♪ 思い通りにならない日はぁ〜
明日、がんばろう〜
と声に出したり、心に思い浮かべたりしながら、この歌詞を
繰り返しています。
男の変わりドキ。
それは今まで、当たり前のように思っていたことが、
思い通りにいかなくなる時。
さらに言えば、それに腐るでも、嘆くでも、恨むでもなく、
肩の力を抜いて、
♪ 明日がんばろ〜
と鼻歌で歌えるようになったとき、自分の体と心の均衡がとれ、
これからの人生を思うがままに飛べるようになる。
そんなことを学んだ入院生活でした。
ゼネコンのオヤジさん、クスリおたくのエリートさん、
関西のおっちゃん、みんな長生きしましょうね!
<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版 7月予定)がある。