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 久しぶりに母の作った豚汁を食べました。
 
 「おふくろの味」と書いてはみるけれど、子どもの頃に強烈な
 印象が残っているわけでもない。全国飲み歩いてうまい豚汁を
 食べている。牛丼屋でもよく注文する。
 懐かしい以前に、あまりに数多くの豚汁を食べている。
 「おふくろの味」は感傷の世界のものだろう。

 と思って一口。
 里芋の半分、ごぼうを少々口に入れただけで、60兆の細胞が
「おふくろの味」という旗を高々と掲げているような感じ。
 うまい、まずいという次元をはるかに超えて、

 「あぁ、僕はこの味で育ってきたんだな」

 と、シノゴノ考えていた自分が恥ずかしくなるほどです。

 味覚というのは不思議なものです。
ワニやヘビすら食べてやろうという新しい味を求めるセンサーと
「あぁ、これが私の原点だ」と感じる保守的な感覚がある。
 世界を渡り歩いていた20代、30代は、海外で和食を食べる
なんて時間のお金に無駄。現地の人に近い味を求めて、
「下痢止め」と「消化剤」を持って歩き回りました。
 
 40も半ばを過ぎたあたりから、急に和食がうまくなる。
 同時にそれまで見向きもしなかった日本の地方に目が移り、
 地酒や郷土料理に舌鼓を打つ。
 らくだのコブやワニの手を食べた自分がだんだんと
 遠ざかっていったのでした。

 そして50代。
 健康診断の結果によって食べるものに制限がかかる。
 うまいものはあらかた食べたし、量を求める気もない。
 胃袋とともに、世界一周の旅をして戻ってきたのが、
 この豚汁。
 まるで「幸せの青い鳥」を探しにでたチルチル・ミチルの
 ような気分です。

 閑話休題。
 家族には、生まれ育った「生育家族」と自分が妻や夫と
 してつくる「創設家族」があります。
 残念ながら、私は「創設家族」作りに失敗したもので、
 「生育家族」の母の味が「おふくろの味」です。

 しかし私の同年代で「創設家族」を営んでいる人の中には、
 長い月日の間に、妻の作った「豚汁」が、「ママの味」と
 なって体と心に沈潜している輩も多いはず。
 息子や娘は、その「おふくろの味」を原点に、これから
 世の中の味覚に挑戦していくことになるのです。
 その息子や娘を社会に送り出し、再び二人となった夫婦が、

 「あぁ、やっぱりママの作った豚汁はおいしいね」

 なんて言いながら、食べる。
 「生育家族」の味とは違うけれど、それを凌駕するほどの
 時間と愛情をかけて「創設家族」の「おふくろの味」が
 育っている。

 これに気づいたとき、夫は妻に愛情を感じ、深い感謝に
 頭を垂れるのではないでしょうか。

 作る、食べるの問題は、すぐに「ジェンダー」と結びつけられ、
 「女が食事を作る側」と決めつけるな!というご批判を
 受けそうですが、昭和の「男子厨房に入らず」の家庭に育った
 男の、情けないけれどこれが偽りのない心境。

 味の旅に、青い鳥が見えたとき、男は確実に変わっています。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版 7月予定)がある。

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