「ちょっとさ、うちの息子のエントリーシート、見てくれないか」
久々に会った大学の同窓が、飲んだついでに頼んできます。
広告会社で働く傍ら、大学でも教えている。
そこで沢山の学生たちのエントリーシートを見ている私に
「息子も頼む」と頭を下げるのです。
見ると言っても、私にコネがあるわけではありません。
また面接の質問にも応えられません。もっぱら文章のみ。
エントリーシートは半世紀近く眺めてきたので、
業種を問わず見る自信はあります。
50代を過ぎたあたりから、こうしたケースが増えてきました。
同世代の息子や娘がちょうど就活のシーズンを迎える。
お父さんと息子、娘は大抵価値観が違います。
「就活の話を聞かせてもらえない」父親が私を通じて子どもの話を
聞き出そうとするのです。
息子や娘が昼休みにやってきます。
同年の額が広くなったり腹の出たお父さんばかり見ている私には
「ほんとに、あいつの子どもか?」と疑いたくなるほど、
いい息子、いい娘のケースがほとんどです。
が、しかし。
10分ほど経過すると、第一印象が全く変る。
「に、似ている・・・」
イケメンも美女も、話の聞き方、声のトーン、手の動かし方、
笑ったときの歯の見え方、うなづき方、反論の仕方、目の泳ぎ方、
後ろ姿、おじぎの角度、ありとあらゆるところが、そっくりなのです。
依頼されるのがお母さんの場合もあります。
学生時代、ひそかに憬れたお母さん。
その娘の顔や仕草に、若き日のお母さんの姿が色濃く残っていて、
エントリーシートを見ながら甘酸っぱい感傷にひたることも
しばしばです。
「どうだった?」
と再び同僚に酒席に誘われる。
エントリーシートの出来映えを忌憚なく話すと旧友は深く頷き、
「そんなことを書いているのかぁ」と言い、
「その時俺はな・・・」と別に聞きたくもない話をはじめる。
その姿、しゃべり方が、娘や息子にそっくりで
「親子とはここまで似るものなのか」といつも思ってしまうのです。
残念なことに私には子どもがいません。
30代、40代、いや50代になっても「気楽でいいや」と
思っていました。
ところがここ数年、昔を知っている同世代の連中が、
しっかりと自分の遺伝子を残しているのを見て、
「あぁ、あいつらは大仕事をしてきたんだな」
と仕事では味わうことのできない感慨にとらわれます。
私からみればそっくりの息子や娘が社会に出て行く瞬間に、
父親たちは「人生の変わりドキ!」を味わうのでしょう。
それが羨ましく、嫉妬すら覚えるこの頃です。
ひきたよしあきプロフィール
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版 6月予定)がある。