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感性を刺激する不便

高校時代、カメラが欲しくて
仕方ありませんでした。

少女が
髪をかきあげる一瞬。
首に巻いたタオルをとるその時、

「好きだという代わりに
シャッターを押した」

というナレーションが入る。

もう、欲しくて欲しくて
たまりませんでした。

大学に入ってアルバイトをして
一眼レフを買った。

それを抱えて信州に行き、
青森を旅し、日常を切り取って
歩いた時間は、シャッター音と
ともに私の記憶にあります。

あの頃から35年の歳月を経て
百貨店でカメラを手に取る。
特に欲しかったわけではありませんが、
シルバーグレイの店員が、
実に丁寧にカメラの特性を語って
くれました。

「そういえば、最近、モノに対する
熱いトークを聞かないなぁ」

頭の中には、先輩の下宿に泊まって、
朝までカメラの講義を受けた風景が
よぎります。

持つと、ここぞ!と思う場所に
シャッターがある。プロダクトの
すべてが感性に訴えてきて、
持つ喜びが全身にしみてくる。

こうした感覚をクルマに、カメラに、
オーディオに求めてきたのが私たち
の世代でした。

翌朝、会社に行き、デザイナーの
女性に

「今、カメラを買うとしたら何が
いいの?」

と尋ねてみました。
とても美しい写真を撮る彼女は、

「この前でたばかりのスマホです。
驚くほど美しい写真が撮れます」

と即答。
まさかここでスマホがでるとは
思っていなかった私は時代に
ついていけてないのでしょう。

確かに、アプリが使え、
あとからいくらでも編集でき、
即座に仲間と写真を共有できる
メリットを考えてもスマホが
有利なのは間違いない。

しかし、なんだろう。
どこか、間違っているような、
寂しいような、複雑な気持ちが
私の中に去来しました。

ペンもカメラも録音機材も、
本も電話も住所録もゲームも
音楽もテレビも交友記録も
財布も百科事典もすべてスマホ
の中にある。

これさえあれば生活を潤す
大抵のものは手にいれることが
できる。

その恩恵を十分受けていることは
理解しつつも、たくさんの技術者が
創意工夫して作ったもので、五感を
満たしたい。
その気持ちまでは、届かないのではないか。

むしろこれを便利に使ってしまう
だけの生活は、人生に大切な「ムダ」が
なくなってしまうように思えたのです。

できるなら、人の手でつくった
ものを持ちたい。
多少、不便でも、その不便さを満足
できる自分でいたい。

少年の頃に憧れた、

カシャ!

とシャッターを切る音が体に
蘇った時、血が湧き、エネルギーが
充填される。

不便を愛おしいと思ったその時、
男は変わりドキ!を迎えるのでは
ないでしょうか。
この週末は、古ぼけたフィルム用の
カメラを出し、「アラジンの魔法のランプ」
のように磨きます。

「好きだという代わりに
シャッターを押した」

頃の気持ちが戻ってきますように。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社)「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」(かんき出版)「大勢の中のあなたへ2」(朝日学生新聞社)がある。最新刊は11月末に「ひきたよしあきの親塾」(朝日学生新聞社)https://amzn.to/2KQIDP2 を好評発売中

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