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ペンと別れたわけ

まだ夏の気配が少し残る夕暮れ。
Dr.コパさんといっしょに、シャンソンを
聴きに銀座に行きました。

松城ゆきのさん。
二人とも彼女の歌声が好きで、
「聴きに行こう!」ということになりました。

会場に入ると、先に来ていたコパ先生が
私に気づいて手をあげています。
いつもの明るい笑顔がそこにありました。

「ご活躍ですね」

とコパ先生。
先生によって執筆業へと進むことが
できた私は、そのお礼と今、7冊目の
本を書いているとご報告。

「それはよかった」

という先生の目が、私の胸ポケットに
注がれました。

見ると私は無粋なことにワイシャツの
胸ポケットに2本も万年筆を差して
いました。1本はジャケットにいつも
差しているのに、無意識に2本とも
ワイシャツのポケットに入れていたのです。

「ひきた君さぁ。君の一番いいところが
一番の弱点になる可能性があるんだよ」

とコパ先生は、語り始めました。
こういうことです。

私は万年筆が大好きで、今でも原稿用紙に
万年筆で文章を書いたりしている。
それを多くの人が知っていてくれて、
私のペンの話に興味をもってくれる人が
いるのが強み。

ところが、その万年筆は、他ではなかなか
買えない限定品やアンティークなものが多いのです。
一般に買えるものでも、ペン先を加工したり、
職人に調整してもらったりしています。

「そこなんだよ。そのペンに出会えたのは、
嬉しかっただろう。ラッキーですよね。
運がよかった。
でもね、そこで運を使ってしまっているとも
考えられるんだよ」

先生は、運をペンに使っていては、
もうもったいないところに来ている。
運をペンではなく、ペンで書くもの、
作品の方に注げ。
ペンなんかそこらのスーパーで買った
ものでも構わない。
ティファニーの金無垢をつかっても
かまわない。
そこに注力せず、作品に注力する。
書くものに、運のすべてを使うことが
もう求められているとコパ先生は
言われました。

シャンソンがはじまりました。

松城ゆきのさんが、夏の終わりから
秋にかけての歌を歌い、さざ波のステージから
枯葉舞う頃の思いへと変わっていきました。

恋の歌あり、人生の讃歌あり。

それを聞くうちに私の中で、

「そろそろペン道楽とはお別れだな」

という気分ができあがっていったのです。

コパ先生の言葉と
松城ゆきのさんの歌声で、私の運を
これから何にどう使うべきかが
見えたように思えたのです。

終わって外に出ると、雨が降っていました。
コパ先生と小走りに横断歩道を渡りながら、
男の変わりドキ!を感じていたのです。

以来、万年筆売り場から足が遠のきました。
不思議なくらい苦にならず、
「平成の断捨離」もいよいよここまできたか・・・
と、むしろ達成感のようなものを感じている
のでした。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社)「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」(かんき出版)最新刊は「大勢の中のあなたへ2」(朝日学生新聞社)がある。

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