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樹木希林さんの死

広告会社に入って、初めて担当した
仕事のタレントが、樹木希林さんでした。

OJTの先輩が、彼女を口説き、
シリーズ広告を展開していました。

3年くらいのお付き合いでしたが、
その間、オーストラリアにロケに行き、
おとぎ話のような日本の山、川、
藁葺き屋根の家を求めていっしょに旅も
しました。

口では言えないほど色々なことを
学び、考えさせられた。
職業人となるとば口に、樹木希林さんが
いてくださった幸運を神様に感謝
するしかありません。

その希林さんがなくなりました。
享年75。
全身がんに冒された70歳からの
人生も病と共存しながら凄みのある
芝居を見せてくれた。
最晩年は、すでに神の領域に一歩
足を踏み入れているような神々しさ
を放って入滅されました。

入社当時に知り合い、
定年退職が近づく今、希林さんに
別れを告げる。

私の会社人生がぴたりと彼女と
重なるせいか、まるで自分を
振り返るかのように、彼女が
出演した映画、ドラマ、ドキュメントを
追いかけています。

勘の鋭い人でした。
思いやりのレベルが高くて、
こちらのやりたいことをいつも
先に読まれているようでした。

そんな彼女の日常に、読経があったことを
亡くなったあとに知りました。

お経を読む。
ただ、読む。声に出して、読む。

この行為は、仏教の根本です。
私たちがよく知る「般若心経」も
後半の

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

ギャーティ ギャーティ ハーラーギャーティ
ハラソーギャーティ

の部分はほぼ呪文。

インドにこのお経をとりに行かれた
孫悟空の三蔵法師が、サンスクリット語の
音を漢字に置き換えたと言われています。

こうした呪文を日常の中に
取り込んで、唱えると、
心が、過去や未来にいかなくなるんだとか。

読んでいる間は、今、ここに心を
止める以外のことはできない。
過去を反芻したり、未来に思いを馳せたり
しながら、読経はできないと言います。

樹木希林さんは、お経を読んでいた。
だからこそ、全身がんにかかっても
未来を不安がることもなく、
過去の栄光にもすがらない。

今を生きるに必要のないものは
どんどん捨てて、
今、この瞬間をひたすら濃密に
生きて、与えられた肉体を
きれいに始末しきった。

そんな感じが私にはするのです。

今、ここを生きる。

先行きを考えれば不安になるばかりの
私に対し、希林さんの最後の教えは

「大丈夫よ、お経を読みなさい。
今を生きなさい」

と言われているように思えて仕方
ないのです。

樹木希林さんの死によって、
私は男の変わりドキ!に気づかされ、
変わることを手伝ってもらった
ように感じています。

残された人生を自分なりに
どう始末するか。

「般若心経」を声に出して読むところから
始めることにします。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社)「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」(かんき出版)最新刊は「大勢の中のあなたへ2」(朝日学生新聞社)がある。

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