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男のオトナの思春期  男の変わりドキ!㊼ 人生の宿題

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人生の宿題

人は、その年齢で越さなければいけない
ハードルを抱えています。

若いうちに、運転免許取得という
ハードルを越さなかったとします。
働き始めてから、あれだけの講習時間を
確保するのは大変です。
明らかにハードルが上がっています。

バックパッカーになって旅行したい。
でも、若いうちにやらなったとします。
美食を知り、贅肉がつき、家族を
背負ってから辺境の地を歩く苦労は
並大抵ではありません。

「あぁ、定年になって時間ができたら
長編小説を読もう」

なんて考えています。
しかし、長編に耐えうるだけの視力が
そのときにはない。
どれほど頭が働いても、視力の段階で
本を拒絶してしまいます。

人間には、その時期にふさわしい
ハードルがある。
それを越さずに、後回しにすると
やり残した宿題だらけの人生になる。

自戒を込めて、そう思うのです。

若き日。
私は、近代の日本文学を読み漁って
いました。

夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、
谷崎潤一郎、三島由紀夫。

言ってしまえば、この5人です。

卒業旅行は、太宰治のふるさと、
津軽でした。
小説「津軽」のコースに合わせて
旅をして、太宰の風景描写を
この目で味わいました。

20代から30代にかけて、
毎年、岩波文庫の夏目漱石を全巻
再読している時期がありました。

一年ごとに、物語を受け取る感覚に
変化がある。
それを楽しんでいたのです。

そんな苦労をいつの日か文章に
まとめたい。
あるいは語り部として誰かに話したい。

そんな夢をもっていました。
若き日に設定した人生のハードルでした。

しかし、いつのまにかブンガクなんて
甘っちょろいものに現(うつつ)を抜かす時間は
消え、小説よりも奇怪な人生の荒波に
流されてきました。

濁流は激しさをまし、気がつけば
57歳という歳になっていたのです。

不思議な巡り合わせで、私は子どもたちに
言葉を教える人になっていました。
教える立場になって、芥川龍之介を再読する。

ムクムクと目の前にハードルが現れ、
やり残した宿題をやりたくなったのです。

「芥川や太宰について、語りたい。
語れるのは、今しかない」

忙しい合間をぬって、芥川龍之介を読み返すと
見えていなかった部分が見える。
彼の半生と作品を照らし合わせると、
行間に込められた生活の疲労や
人間関係の苦悩までを感じることができる。

学生の頃に集めた文学年表を拡大鏡で
大きくしながら眺め、太宰や芥川の
生い立ちから自殺までの日々を一年ごとに
追いかけ直しました。

先日、35名の方の前で、
芥川龍之介について語りました。
偏見と独断に満ち溢れた解釈でしたが、
やり残した宿題が片付く快感、
見上げるように高くなったハードルを
飛び越えた達成感を味わうことが
できました。

さて、次はどの宿題を片付けようか。

そんな風に、やり残した過去に
挑もうとする気持ちが生まれたとき
男の変わりドキ!が訪れるように
思うのです。

まだまだ、時間はあるぞ、俺。
あの夕陽が沈むまで、
走れ!メロス!


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社 最新刊)がある。

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