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帝国ホテルについて

 マイパワースポットに、有楽町の「帝国ホテル」があります。
 今からおよそ125年前、日本の迎賓館をめざして渋沢栄一などが
 音頭をとって作られた日本初の本格的なホテル。
 ここ十数年のうちに建てられた外資系ホテルの新しさも華やかさは
 ありません。むしろ古くさく、不便な面も多々あります。
 しかし、私はそんな短所を含めて、このホテルが好きなのです。

 だからと言って、宿泊するわけではありません。
 高級な料理を食べるわけでもない。
 ホテルの方から見れば、迷惑なお客かもしれませんが、

 「ただ、人を眺めている」。

 この一点において帝国ホテルは最高の場所なのです。

 私が長い時間を過ごすのは、一階の待ち合わせ用の椅子
 とカフェ「ランデブーラウンジ」
 
 ここに座っていると、様々な人を見ることができます。
 旅行者はもちろん、結婚式やパーティのお客様もたくさん
 通り過ぎて行きます。
 先日、女性の白い一群が通り過ぎたのでなんだろうと
 思ってたら、宝塚のトップ俳優の引退さよならパーティが
 入っていたのでした。
 ご夫婦連れもいます。ご夫婦には見えるけれど、きっと
 ご夫婦ではない男女も通り過ぎていきます。女子会あり、
 同窓会あり、ご内密な話をかかえた政治家センセイと
 遭遇することもある。
 
 こうした風景をぼーっと眺めていると、
 不思議とコラムや企画の構想が湧いてくる。
 
 人の顔や人との集まりを見て、
 「なぜ集る必要があるのだろう」「なぜ今日なのだろう」
 「なぜ帝国ホテルなのだろう」
 と様々に疑問を投げかけることによって、
 カチリ!とバブルが開きます。
 アイデアがでてくるのです。

 夕暮れ時からは、中2階にある
 「オールド インペリアル バー」に行く。

 ここは戦後、GHQが屯していた場所で、彼らがつまみに
 欲しいといったナッツの代わりに「柿の種」を出したのは
 有名な話。その柿の種を放り込みながら、生ビールを飲み
 干すと、今日一日が黄金色に輝いて見えるのです。
 たった一杯のビールで、これほどの満足感を得られる場所を
 私は他にしりません。

 闇の中にまるく切り取られたスポットライトの下で
 本を開く。本の紙がぽっと光って、文字が浮き出てくる
 かのようです。
 ここで何杯か酒を飲みつつ、読書をする。
 酔いが回るまでの時間は「至福」という言葉がぴたりと
 合います。

 母の実家がお汁粉屋でしたので、甘いものも好き。
 食べたくなれば「虎屋」が地下にある。
 ここで世のおばさま方のおしゃべりに耳をすませば
 コラムのネタの3つ4つはすぐに手に入る。
 半日いれば、コラムの4、5本は確実に書ける勘定です。

 私の場合、たまたまその場所が帝国ホテルですが、
 好みは人それぞれです。
 自分の想像力に翼をつけてくれるホテルを味方につけた
 とき、男の変わりドキ!は訪れるのではないでしょうか。

 今、地下の「Tani」にオーダーしたホワイトシャツが
 できあがるのを楽しみにしています。できあがったらまた、
 気持ちのいいブルーのネクタイをしめ、
 「オールド インペリアル バー」にいくつもりです。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)「机の上に貼る一行」(朝日学生新聞社 最新刊)がある。

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