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男のオトナ思春期 男の変わりドキ!⑳ 「変わりたくないものもある」

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変わりたくないものもある

正月2日、母と二人で近くの「身代わり不動尊」に初詣に行きます。
朝6時に起きて、お雑煮を急いで食べる。
寒い中に1時間近く並ぶので、着ぶくれになって坂道を歩きます。
こんなに早く行く必要もないのですが、炊かれた護摩の炎を間近で
みたい。そう思うとどうしても早く家をでることになります。

不動尊に着くと、私が順番をとって、母が古いお札を返しに行く。
これも20年変わることがありません。
開場すると、私が申し込み用紙を書き、母が席をとりにいく。
これも変わりません。
私が、厄年を確かめたり、お金を支払っている間に母は、
いつもベストポジションを確保します。
目の前に炎が見える場所をいつも私に用意してくれます。

長い年月の間には、不動尊の改築工事があったり、ご住職が世代
交代したりと色々ありました。
しかし、太鼓がうち響く中で、観音経から始まり般若心経で終る
までの間に炎が生まれ、消えていくことに変わりはありません。

ほぼ20分ほど続く炎の動きをじっと見る。
一瞬、龍に見えたり、大樹や魚に見えることもあります。
楓の葉が開くようにも、夏の花火に見えたりもします。
年のはじめに炎を眺め、その形が何に見えるか。
そのとき自分はどんな気持ちになっているのか。
ぼんやり味わっているうちに、
「ギャーティ、ギャーティ」と般若心経が終盤にさしかかると、
火は自ら小さくなっていく。お経が終ると同時に、煙だけが
揺れている。まるで火の呪術を見ているような不思議な感覚に
とらわれるのです。

「あぁ、これでやっと年があけた気がする」

と毎年母は言います。
「今年もいい年になるといいね」
と言って、少し強くなった陽光の中を歩いて帰ります。

ところが今年は少し、様子が違いました。

年末から激しい風邪を引き、咳がとまらないのです。
マスクの奥で咳を殺すのですが、タンがからんで苦しそう。
それでも変わらずに、古いお札を捨てに行き、席をとって
くれた母が帰りがけに、

「今年は、もう行けないかと思った。
私もいつまで行けるかわからない」

と弱気な発言をしたのでした。

年齢を考えれば、杖をつかずに元気に歩いていることすら
奇跡に近い。多少、耳が遠くなったけれども、人間ドックは
パーフェクト。
周囲に、認知症や要介護の親を抱えた人が増えている中で、
未だ母の作ったお雑煮を食べられるのだから贅沢です。

それだけに、この弱気な発言が耳に残りました。
心にちくりと指すものがありました。

世の中には、変わりドキを迎えたくないものがある。
いつまでも末永く、ずっとずっと同じことを繰り返したい
こともある。

母の背がだんだんと小さくなるのを見つめながら、
母の元気を護摩の炎にもっとお願いしておけばよかったなと
反省しきりの正月でした。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著書に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」最新刊「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版)がある。 

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