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男のオトナの思春期 男の変わりドキ!⑭ 「最後の講義」

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最後の講義

 1981年1月12日。
 早稲田大学法学部で、西原春夫先生「刑法総論」の
 最後の講義が行われました。

 4月より大学の総長になる西原先生。
 難しい刑法をわかりやすく説明する講義の人気は高く、
 大教室にも関わらず、立ち見や大教室の階段に座って
 聴講する学生もいました。

 けして真面目な学生ではなかった私です。
 入ってはみたものの法律には興味をもてず、ついつい
 キャンパスから足が遠のいていました。
 しかし、西原先生の講義だけは別でした。
 砂をかむような法律の話の中に挟み込まれるウィットに
 とんだエピソードがあるのです。
 それがなぜか深く心に残っていきました。

 最終稿でも、こうしたエピソードがでるかと思って
 いったのですが、講義中には全く出ず。
 期待に裏切られ、睡魔と戦っていた私に先生の
 
 「満天の星」

 という言葉が聴こえてきました。

 うろ覚えながら書くと、こういう話でした。

 先生は、法学部の大学院に進まれても、自分が法律家になってよいものかといつも悩んでいたそうです。
 遅くまで勉強し、冬にはまだ空に満天の星が残る頃に起きてまた
勉強する。しかし、どうしても法律を自分の一生の仕事にしたいとは
思えなかったというのです。
 先生は、法律よりも人間の心のひだを細やかにとらえた小説を書きたいと思っていました。杓子定規の法律よりもその方があっている。いや、法律は自分には向いていない。やめよう、足を洗おうと思って、主任の教授のところに意を決していかれました。

西原春夫先生の話をだまって聞く教授。
そして、こういわれたそうです。

「西原君、一番好きなものをやったからといって人間は幸せかといえば
そうではない。二番目に好きなことをやる。そこに悩みや葛藤や、このままでいいのかと迷う気持ちが生まれて、仕事も人生も深まっていくのだよ」

これを聞いて、西原先生ははっとする。
そして法律の道に進み、本日が最終講義になったと締めくくりました。

「二番目に好きなことをする」

大学からたくさんの金言をもらいましたが、これは格別でした。一番好きなものにだけ食らいつく。そんな薄っぺらさに喝をいれる一言になったのです。

大学を卒業した私は、「広告」の道へと進みました。西原先生同様、ものかきで生計を立てたいと思いながらも、最初から一番好きなことをやったのでは視野が広がらない。二番目をやるからこそ、本当の目標が見え、
それ以外の仕事へも目配りが効くようになる。

西原春夫先生のいわれた言葉をこのごろよく思い出します。
定年退職が近づいてきて、さて自分はこれからどうしようかと悩む
とき、西原先生の顔が浮かびます。

「ひきたくん、君はずっと二番目にやりたいことをやってきた。
でもね、人生はそう長いものじゃない。そろそろ一番好きなことを
やってもいいんじゃないか。今の君なら一番のことを十分に楽しむ
ことができるだろう」

自分の想像に過ぎませんが、あの終講から30年の月日を経て、
私は、二場目に好きなものから一番好きなこと、コラムを書いたり、
子どもや学生に日本語を教えたりする仕事をしたいと思うようになったのです。

不思議にこれがどんどん実現していきます。いろんなところにネットワークも広がります。それもきっと、まだ二十歳そこそこの私に、「二番目に好きなこと」に従事することを教えてくれた西原春夫先生のおかげです。

男の変わりドキは、長い年月をかけて姿かたちを変えるものなのかもしれません。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」最新刊「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版)がある。 

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