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男のオトナの思春期 男の変わりドキ!⑬ 「T君のひとこと」

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T君のひとこと

 会社をやめようと思った時期がありました。
 部署が変わって、仕事がほとんどなくなったのです。
 やっても誰かが中心で動いている仕事の補佐ばかり。
 40歳を過ぎて、新人のように人のスケジュールに
 合わせて動かざるをえません。
 疲弊し、やる気が日に日になくなってきました。

 「やめよう」

 と考えたのは、夏の頃でした。
 当時の日記を読むと、愚痴と決意と自己嫌悪が
 入り交じっています。
 これまでの人生の中で一番苦しい時期でした。

 しかし、「やめよう」と思っているときは、
 なかなかやめないものです。
 多分、本当に辞めるときは、
 一瞬に決断、行動するものです

 ズルズルと秋を迎え、日々酒に溺れていた頃、
 同期のT君が、私のいる部署にやってきました。
 行政の仕事で出向していた男が帰ってきたのです。

 「よぉ、久しぶり」

 と言いながら、渋谷で宮崎料理を食べました。
 彼が語った政治、行政の話のまぶしかったこと。
 文学ばかりで、政治、経済には全く疎かった私には、
 キラキラとした異国の話にも思えました。

 ただ、全く畑違いの話にも思えませんでした。
 私は小泉政権が発足して以来、政治の言葉に興味を
 もっていたのです。
 色々調べていました。
 例えば政治家の演説が「〜であります」で終わるのは
 戦前に多く、岸信介氏から池田勇人氏に変わった瞬間に
 ガクッと減ります。
 低姿勢の話し方「おります」「思います」が
 多いのは細川護煕氏。
 こんなことの書かれた本を暇な時間に
 ずっと読んでいたのです。

 「いっしょに、やらないか」

 とT君から声がかかったのは、
 それからひと月たった頃でした。

 これまでの企業や商品と違い、国、行政に関わる仕事。
 仕事がなかったもので幸い時間は山ほどあります。
 ずい分考えて、色々と言葉を書きました。

 このときから10年の月日が流れました。
 現在、私は会社を辞めることもなく、
 T君が示してくれた仕事の専門家になっています。
 かなり楽しい会社生活を送っています。

 T君とは同窓、同期である上に、考え方も性格も
 全く違います。話していても、
 「なるほど、そういう風に考えるものなのか」
 と思うばかり。出世していくT君に嫉妬するより
 感謝の念が強いのは、自分の進みたい道を
 指し示してくれたからでしょう。

 人生の変わりドキは、
 自分一人で起こせるものではない。
 そとからの影響を自分の中にどう取り込むかで
 決まってきます。

 友の言葉の中に、あなたを変える一言が
 混じっているかもしれません。
 耳を澄ましましょう。
  

<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著者に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」最新刊「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版)がある。 

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