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手帳を変える。生活が変わる。

 最近はいつでも手帳が売られるようになりました。
 4月や9月から売られる手帳が増えたせいでしょう。
 名刺や手帳の電子化が著しい欧米に比べ、紙の手帳に
 対する日本人の熱狂は異常なものがあります。
 スマホが生まれて、しばらくデジタルに移った人で、
 また紙の手帳に戻った人、あるいは並行して使っている人も
 多いのではないでしょうか。

 私もその一人です。
 毎年、どんな手帳でスケジュールを管理するか悩みます。
 この時期は、本屋や文具店を回ってはどれにしようかと悩む
 日々です。

 入社した1984年は丁度システム手帳が流行しだした頃
 でした。スティーブン・スピルバーグが革製のシステム手帳を
 使っているということで、特にフィルムに携わる人からブームに
 なりました。
 私はロスアンゼルスにCM撮影にいく先輩にお金を渡し、
 革張りの分厚い手帳を買ってきてもらいました。
 かなり日本でも早い方です。うれしくていつでも小脇に抱えて
 ました。

 しかし、ある日気づくのです。
 「重い・・・」と。
 周囲もみんなシステム手帳を抱えるようになって目新しさもない。
 そんなところに初期の「電子手帳」が登場します。
 飛びつきました。今では考えられないくらい入力が面倒で、
 どこにも保存できません。それでも自分のスケジュールが
 デジタル表示されることに喜びを覚え、いつでもポケットに
 いれていました。

 しかし、ある日気づくのです。
 「めんどうだ・・・」と。
 時代はバブル真っ盛り。私も毎月のように海外に出かける
 ようになりました。目が飛び出るような値段のブランド手帳を
 もつ人が増える中、私もパリで一冊買いました。
 触っていると実に心地よい柔らかい革の手帳です。
 レフィールが高いことに驚きながらも、いつでもこの革の
 感触を楽しんでいました。

 しかし、ある日気づくのです。
 「かっこ悪い・・・」と。
 この手の手帳は、一日の予定が「晩餐会」程度の人が持つ
 ものです。ビジネス向けとしては使いにくい。何よりバブルも
 はじけ、グローバル化の波も来て、手帳も機能性の時代に
 入っていました。

 以降、バーチカルタイプにしたり、一日一ページにしたり、
 A4一枚にスケジュールの書かれた薄いものにしてみたり、
 試行錯誤が続きます。
 その中で落ち着いたのは、イギリス王室御用達の手帳。
 ブルーの紙が万年筆のインクにしっくり合うのが気に
 いりました。

 ここ3年はこれでした。今年も、がんの手術をする日まで
 この手帳を使っていました。
 退院してから手帳をめくると、宣告されてから手術までの
 克明な記録や、仕事との兼ね合いで悩む様子が書き込まれて
 います。

 いっぺんでいやになりました。

 「もう、手帳にスケジュールをいっぱい書く生き方をやめよう」

 つくづくそんな風に思い、どこの文具店でも買える
 極めてオーソドックスな日本製の手帳に変えたのです。

 個性は全くありません。ステイタスもない。
 持つこと書くことへの喜びのないこの手帳は、
「なるべく白いスペースを保つこと」を目標にして
持つことにしました。

日々の生活に空白を、日々の効率を追求することもやめる。
手帳への熱狂から覚めることで、肌感覚の時間をもっと大切にする。

こう考えて過ごした今年の後半。はじめて手帳に流されることなく
生活を組み立てられたように思います。

手帳の変わりドキが、生活の変わりドキ。

来年の手帳もまた、オーソドックスなポケット手帳を選びました。


<ひきたよしあきプロフィール>
1960年生まれ
株式会社 博報堂
クリエイティブ・プロデューサーとして働く傍らで、明治大学で講師を勤める。現在朝日小学生新聞にコラム「机の前に貼る一行」日経ウーマンオンラインに「あなたを変える魔法の本棚」を執筆中。著書に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)」最新刊「大勢の中のあなたへ」(朝日新聞出版)がある。 

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